福岡市で足つぼ/自分史②

query_builder 2026/02/28
足つぼ

第4章 大学時代──人生がやっと動き始めた

大阪の外国語大学へ進学。専攻はスワヒリ語。
母が通訳の仕事をしていたこともあり、外国語や海外への興味は自然と強かった。



大学に入り、私はようやく“自分らしく”なれた。
テニスサークル、フラメンコ、ホテルの宴会部でのバイト。


すべてが楽しくて、仲間にも恵まれた。
出会いもあり、3年間の思い出を重ねた。



バイトでの経験がのちにウェディング業界につながり、
「人の特別な日を支える仕事って素敵だ」と思うようになる。



第5章 社会人とハワイ──挑戦と決断の連続

就活は苦戦したが、富山のゲストウェディングに契約社員として採用された。


ブライズメイドとして、初対面の新郎新婦が心を開いてくれる瞬間が大好きだった。

「あなたでよかった」と言われたとき、胸がじんと熱くなった。



やがて「海外でウェディングがしたい」という想いが芽生え、
行ったこともないハワイへ、インターンシップで飛び込んだ。


小さな会社で、事務もサービスもすべて経験した。


半年後、シェアメイトとの出会いが世界を広げ、
ハワイの日本人コミュニティに仲間ができた。



その後、妊娠。
「おろさない」という気持ちは自然に決まっていたが、
ビザ・保険・お金…すべてが“壁”になって立ちふさがった。

結婚し、日本で出産。


永住権を申請し、娘が2歳の頃、再びハワイへ戻った。


しかし、数ヶ月で別居から離婚へ。
頭が真っ白になった。

「難しいかも」と頭でわかっていながら、どこかで期待していた自分もいた。



それでも、プリスクール、仕事、人とのつながり…
“小さな味方”が私の周りに揃っていた。


「もう少しハワイを味わってもいいかな」
そう思い、娘と二人のハワイ生活が始まった。




第6章 母として、自分として──セラピストへの道

フルタイムでの二人生活。

大変ながらも、秋休みにはマウイにプチ旅行したり楽しめていた。


でも、手に職を、の気持ちも膨らんでいっていた。



ウェディングの仕事しながら夜間のマッサージスクールへ通う毎日は、
人生でいちばんの頑張りだった。


仕事→お迎え→シッターさんへ→スクール→帰宅→寝かしつけ。
これを毎日繰り返した。


スクールでもサロンでも、自信はゼロ。
「なでてるだけだよ」と言われたこともある。
練習会ではダメ出しの連続で、心が折れそうだった。


それでも嬉しかったのは、
喜んでくれるお客様がいたこと。


「ありがとう」と言われた瞬間に、続ける意味を見つけた。


足つぼとの出会いは、スクールの同僚がきっかけ。
個人的に学び、最初の勤務先でも足つぼができる場所を選んだ。



そこで“巡りの足つぼ”に出会い、技術の核ができた。



第7章 日本へ帰国、そして福岡へ──独立の決意

つづく(次で終わります!)



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